その滝澤が防衛大学校を卒業し陸上自衛隊に入隊し直したのは、昭和60年3月。
少年工科学校上がりの気合の入り方そのままに、1等陸佐には平成16年1月、29期組1選抜(1番乗り)のスピード出世で昇りつめている。
(画像提供:海上自衛隊横須賀地方隊公式Webサイト)
(画像提供:近畿中部防衛局公式Webサイト)
1佐以降の経歴だけで見ると、連隊長は我が国を代表する機甲科部隊・北海道の第2戦車連隊で上番。
なお余談だが、第2戦車連隊は2019年10月現在、我が国で唯一74式戦車、90式戦車、10式戦車の3世代を運用する部隊となっている。
そのため駐屯地記念行事では、日本でここだけ、3世代戦車の揃い踏みが見られる非常にレアな特典がある。
その後、平成28年3月には陸将補に昇任し、古巣と言ってよいだろう、陸上自衛隊高等工科学校の校長として懐かしの母校に戻り、指揮を執っている。
その間、中央や各地の司令部では、東部方面総監部防衛部長、中央即応集団幕僚副長、研究本部主任研究開発官、中部方面総監部防衛部長と言った要職を歴任。
そして平成30年3月、第6師団副師団長兼ねて神町駐屯地司令に着任し、活躍を続けている。
少年工科学校OBの誇りとも言える、非常に充実したキャリアを誇る頼もしい最高幹部のひとりと言ってよいだろう。
では最後に、その滝澤と同期である29期組の人事の動向について見てみたい。
29期組の将官は、一部で既に勇退も始まっている年次であり、今まさに、我が国の平和と安全に最も重い責任を担っている世代だ。
そして2019年10月現在で、29期組で陸将に在るのは以下の最高幹部となっている。
高田克樹(第29期)・陸上総隊司令官(2016年7月)
上尾秀樹(第29期)・東北方面総監(2016年7月)
本松敬史(第29期)・西部方面総監(2016年7月)
納富 中(第29期)・防衛大学校幹事(2016年7月)
柴田昭市(第29期)・防衛装備庁長官官房装備官(2017年3月)
山内大輔(第29期)・陸上自衛隊補給統制本部長兼ねて十条駐屯地司令(2017年3月)
清田安志(第29期)・統合幕僚学校長(2017年8月)
岩村公史(第29期)・第9師団長(2018年8月)
※肩書はいずれも2019年10月現在。( )は陸将昇任時期。
以上のようになっており、2019年10月現在での状況だが、29期組の陸上幕僚長候補は、高田、上尾、本松の3人が名乗りを上げている形だ。
ただ、陸自大改革と陸上総隊の新設で、陸自の人事のルーティンは本当に、読みづらい状況になっている。
その意味では、状況を見極めるにはもう少し時間がかかりそうだ。
滝澤については、現職への着任が2018年3月であったことを考えると、その任期は概ね2019年中から、長ければ2020年春頃になるかも知れない。
そしてその頃は、29期組の人事の動向はほぼ確定しており、言い換えれば最終の陸上幕僚長候補となる数名の陸将を除いて、退役を迎え始める頃になりそうだ。
そうなれば、あるいは現職が、滝澤にとって長かった自衛官生活の集大成になる可能性があるのかもしれない。
ただ、自衛官の定年延長が正式に決まったこともあり、将官の勇退もそういった意味では今後、違った動きになる可能性もあり、この辺りは本当にわからない。
そのあたりも含めて、滝澤の活躍にはまだまだ期待をしていきたいと願う。
いずれにせよ、滝澤の非常に責任の重い任務は、まだまだ終わらない。
これからもその活躍には注目を続け、そして応援していきたい。
※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。
(画像提供:陸上自衛隊高等工科学校公式Webサイト)
◆滝澤博文(陸上自衛隊) 主要経歴
昭和
53年4月 陸上自衛隊少年工科学校入校(生徒第24期)
56年3月 防衛大学校入学
60年3月 陸上自衛隊入隊(第29期)
平成
8年1月 3等陸佐
11年7月 2等陸佐
16年1月 1等陸佐
16年8月 幹部学校付
17年8月 東部方面総監部防衛部長
19年3月 中央即応集団幕僚副長
20年4月 第2戦車連隊長
21年12月 研究本部主任研究開発官
22年12月 第2師団幕僚長
25年8月 中部方面総監部防衛部長
28年3月 陸上自衛隊高等工科学校長兼ねて武山駐屯地司令 陸将補
30年3月 第6師団副師団長兼ねて神町駐屯地司令
>手当たり次第にぶん殴っていたのかも知れない・・・。
流石に手当たり次第ぶん殴る先輩は居ませんでしたが、視線がゴルゴ13並みの方は居ました。
そういう人達の方が、その頃の事を反省してなのか部隊に行ったあと優しくて頂けます(笑)
懐かしい思い出です。
とおりすがり様!
いつもありがとうございます。
m(_ _)m