(2/2ページ)
その茅野が陸上自衛隊に入隊したのは平成2年3月。
原隊(初任地)は守山に所在する第35普通科連隊であり、ここで初級幹部としての知見を積み上げ、自衛官生活の本格的なスタートを切った。
(画像提供:陸上自衛隊中部方面混成団公式Webサイト かけはし第25号)
その後、やはり第3教育団など教育系の補職が目立つ一方で、水陸機動団の母体となった西部方面普通科連隊や、弘前の精鋭・第39普通科連隊でも要職を務めるなど、部隊歴は非常に充実している。
なお第39普通科連隊では、平成20年8月から23年8月までの3年間を過ごしたが、その間に3人の連隊長に仕えており、皆が今となっては将官に昇っているエリートばかりだ。
すなわち、
本松敬史(第29期) 統合幕僚副長・陸将
吉田圭秀(第30期相当) 第8師団長・陸将
佐々木俊哉(第32期) 自衛隊情報保全隊司令・陸将補
の3名であり、厳しくも充実した環境で任務をこなしてきた。
なお茅野はこの第39普通科連隊に在った時、第3次となるハイチ国際救援隊隊長に着任した連隊長の佐々木と共に現地に渡り、20万人もの死者を出したハイチ地震の復興支援に携わっている。
そしてその任務を終え帰国した2011年2月から間もなくして、あの東日本大震災に遭遇することになったが、39普連が担当したのは震災の中でも特に被害の大きかった地域の一つ、岩手県南部だ。
ハイチ派遣から東日本震災への出動と併せ、茅野にとっては非常に思い出深い勤務地となったのではないだろうか。
そして中部方面隊や北部方面隊でも人事部の要職をこなすなどした後に、第49普通科連隊長に着任。
その後職として愛媛地方協力本部長に着任し、日夜民間との架け橋として任務に励んでいる。
では最後に、その茅野と同期である34期組の動向について、少し見ておきたい。
34期組は、2015年に最初の陸将補が選抜された年次にあたる。
そして2018年9月現在で、陸将補の任に在るのは以下の幹部たちだ。
荒井正芳(第34期)・自衛隊東京地方協力本部長(2015年8月)
柿野正和(第34期)・陸上幕僚監部監理部長(2015年8月)
小林弘樹(第34期)・統合幕僚監部運用部副部長(2015年8月)
橋爪良友(第34期)・陸上総隊司令部運用部長(2015年8月)
佐藤真(第34期)・第1師団副師団長兼ねて練馬駐屯地司令(2016年3月)
鳥海誠司(第34期)・陸上自衛隊教育訓練研究本部教育部長(2016年7月)
松永康則(第34期)・中部方面総監部幕僚副長(2017年3月)
大場剛(第34期)・第4師団副師団長(2017年8月)
※肩書はいずれも2018年9月現在。( )は陸将補昇任時期。
※2018年8月の昇任陸将補人事は期別未確認のため、追記する可能性あり。
以上のように、まずは荒井、柿野、小林、橋爪の4名が頭一つ抜けた状態にあり、第34期の最高幹部人事の中心になって行くことになりそうだ。
茅野については、人を採用し、人を育てる分野で非常に大きな成果を残してきた幹部だ。
今後もおそらく、後進を育てる補職でさらに大きな責任を背負っていくことになるだろう。
その動向が非常に気になる幹部の一人である。
いずれにせよ、まずはその大仕事の一つである、地方協力本部長としての活躍には、やはり要注目だ。
これからもその動きからは目を離さず、そして応援していきたい。
※文中、自衛官および関係者各位の敬称略。
(画像提供:自衛隊愛媛地方協力本部公式Webサイト)
◆茅野剛也(陸上自衛隊) 主要経歴
2年3月 陸上自衛隊入隊(第34期)
2年9月 第35普通科連隊(守山)
4年3月 第116教育大隊(久居)
5年3月 第35普通科連隊(守山)
10年3月 第10師団司令部第3部(守山)
12年8月 中部方面総監部総務部(伊丹)
13年3月 富士学校(富士)
14年3月 第3教育団(相浦)
14年3月 西部方面普通科連隊(相浦)
16年3月 第10師団司令部第1部(守山)
17年 月 2等陸佐
17年8月 陸上幕僚監部防衛部(市ヶ谷)
18年3月 陸上幕僚監部運用支援・情報部(市ヶ谷)
18年8月 富士学校普通科部(富士)
20年8月 第39普通科連隊(弘前)
22年8月 ハイチ派遣国際救援隊(ハイチ国際平和協力)
23年2月 第39普通科連隊(弘前)
23年8月 中部方面総監部人事部(伊丹)
25年8月 北部方面総監部人事部募集課長(札幌)
26年7月 1等陸佐
27年8月 第49普通科連隊長(豊川)
29年8月 自衛隊愛媛地方協力本部長
コメントを残す