安井寛(やすい・ひろし)|第32期・陸上自衛隊

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安井が陸上自衛隊に入隊したのは昭和63年3月。

初任地は大阪八尾に所在する、中部方面航空隊隷下の第3飛行隊であり、初級幹部としての基礎をここで叩き込まれた。

その後、各地で飛行隊の指揮を執るが、平成23年4月には既に伝説的な活躍と言ってもよいだろう、あの第1輸送ヘリコプター群長に着任。

第1輸送ヘリコプター群といってピンとこない人には、福島原発にヘリから放水をした部隊であると言えば、あの場面が鮮明に思い出されるはずだ。

 

当時、あの映像が国内外に与えたインパクトは極めて大きいものだったが、それもそうだろう。

既に爆発を起こし、近づくのも危険な原発の上空直上に出動して、軍用機から放水を行なおうと言うのである。

率直に言って、作戦そのものの効果はほとんど無かったか、控えめに言っても作戦の有効な効果は観測されなかったと言って良い。

しかし、陸上自衛隊の精鋭部隊である第1ヘリコプター団隷下の第1輸送ヘリコプター群がここまでの事をしなければらならないのか、という現実は、原発に発生している状況を理解する上で、これ以上はない衝撃的をもって受け止められた作戦となった。

そしてその繰り返し流された映像は、日本国内はもとより世界に大きな影響を与えることになる。

 

すなわち、あの自衛隊の命懸けの作戦があったからこそ事態の深刻さが世界に伝わり、なおかつ、自衛隊の本気度が世界に伝わったことで、世界の日本に対する支援の力の入り方が大きく変わるきっかけになった。

直接的な物理効果よりも、あの作戦はそういった意味でこそ効果が大きかったと言え、米軍の支援もかつて無い規模に昇り、時にリスクを顧みないほどに激しいものとなる。

 

当時の事をリアルタイムで覚えている人も多いと思うが、あの危険な福島第一原発にも米軍の応援部隊は現地入りし、建屋で発生した大規模火災の鎮圧にも出動している。

トモダチ作戦は文字通り、あそこまでのことをしなければならいトモダチを放っておけないと、すぐにヒーローになりたがるおせっかいでお人好しの、古き佳きアメリカ人の血がそうさせた作戦だった。

 

あそこまで、人が人のために本気で何かをしようと思えるのは、人が本気で戦い、そして苦しんでいる時だけだ。

苦しい時に自ら何とかしようともせず、助けをあてにして待っているだけであれば、人は本気の救いの手を差し伸べたりはしない。

その意味で、あのCH-47による原発放水は、非常に大きな意味を持っていたといえるだろう。

震災直後に安井が着任した第1輸送ヘリコプター群とは、そのように誇り高い任務を遂行した部隊であった。

 

さて最後に、安井と同期である32期の人事について、さらっとご紹介しておきたい。

32期組は、2012年に最初の陸将補が選抜された年次であり、2018年5月現在で以下の幹部たちがその職責を担っている。

 

梶原直樹(第32期)・統合幕僚監部防衛計画部長(2013年8月)

大塚裕治(第32期)・陸上幕僚監部装備計画部長(2013年8月)

森下泰臣(第32期)・陸上幕僚監部人事教育部長(2013年8月)

堀井泰蔵(第32期相当)・第5旅団長(2013年8月)

中村裕亮(第32期)・教育訓練研究本部副本部長兼ねて総合企画部長(2014年3月)

田尻祐介(第32期)・陸上自衛隊航空学校長兼ねて明野駐屯地司令(2014年8月)

鬼頭健司(第32期相当)・陸上自衛隊幹部候補生学校長(2014年12月)

木口雄司(第32期)・高射学校長兼ねて下志津駐屯地司令(2015年8月)

青木伸一(第32期)・水陸機動団長兼ねて相浦駐屯地司令(2015年12月)

池田頼昭(第32期)・第10師団副師団長兼守山駐屯地司令(2016年3月)

斎藤兼一(第32期相当)・第7師団副師団長兼ねて東千歳駐屯地司令(2017年12月)

※肩書はいずれも2018年5月現在。( )内は陸将補昇任時期。

※2018年3月の昇任将補については期別未確認のため後日加筆する可能性あり。

 

安井については、そのキャリアから見ていつ陸将補に昇任しても決してサプライズではない、極めて充実した任務をこなしてきた最高幹部だ。

その異動と活躍には楽しみに注目し、今後とも応援していきたい。

 

本記事は当初2017年8月26日に公開していたが、加筆修正が重なったので2018年5月19日に整理し、改めて公開した。

◆安井寛(陸上自衛隊) 主要経歴

昭和
63年3月 陸上自衛隊入隊(第32期)

平成
元年3月 第3飛行隊(八尾)
3年3月 中央資料隊付
4年3月 東北方面飛行隊
6年3月 東北方面ヘリコプター隊
7年8月 幹部学校(指揮幕僚課程)
9年8月 内部部局(防衛)
11年8月 陸上幕僚監部調査部
13年8月 中央資料隊付
15年8月 研究本部研究員
16年8月 幹部学校付
17年8月 陸上幕僚監部調査部付
18年6月 ドイツ防衛駐在官
21年8月 研究本部研究員
21年12月 陸上幕僚監部装備部航空機課総括班長
23年4月 第1輸送ヘリコプター群長
24年12月 研究本部主任研究開発官
25年8月 陸上幕僚監部装備部航空機課長
27年8月 北部方面航空隊長兼ねて丘珠駐屯地司令
29年12月 東北方面総監部人事部長

 

【注記】

このページに使用している画像の一部及び主要経歴は、防衛省のルールに従い、防衛省のHPから引用。

主要経歴については、将補以上の階級のものにあっては防衛年鑑あるいは自衛隊年鑑も参照。

自衛官各位の敬称略。

※画像はそれぞれ、軽量化やサイズ調整などを目的に加工して用いているものがある。

【引用元】

防衛省陸上自衛隊 丘珠駐屯地公式Webサイト(プロフィール写真及び離任式画像)

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/11d/jgsdf-post/images/okadama/sireiprofu/sireipurofu.html

http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/11d/jgsdf-post/images/okadama/kakonokiji/29nendo/yasui1sarinin/yasui1sarinin.html

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